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出会いと絆
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『パニック障害』体験記 ~それでも空はひろがっていて、雲は流れていく~

パニック症(PD=panic disorder 、旧名「パニック障害」)という病気を知っていますか? それは、俺にとって 「 恩師 」 です。だから俺は “ 完治 ” なんかより、ずっと先まで歩くつもりです。

理想論。 


まだ11月だけど、今年はいろいろな場所へ行き、
いろいろな状況におかれた。
それは今までの俺だったら、苦手な、または「怖い」と感じる状況も
結構あった。

PDになる以前から何か苦手な都会も(好き嫌いではなく“苦手”)一人で歩いた。
東京。台北。シンガポール。

初海外の台北では、到着したその日の夕方、
一人、台北駅で、
地下通路の空間を埋め尽くす人の波と、
台北の街や人々が発するむぁ~っとしたアジアの雑多で逞しいエネルギー感に
心身をまるごと飲み込まれた。
一目散に台北駅から逃げ帰り、
ホテルの部屋で、今までにないレベルの「一人」という恐怖感に襲われながら、
PDになって、とうとう初めて、意地でも飲まなかった頓服薬を祈るように飲んだ。

シンガポールでも、空港に着いてホテルへマイクロバスで移動中、
早速、発作の“前奏”が始まった。
シンガポールには俺のライフラインである「ガム」が持ち込めない。
そして、その時、「飲み物」さえも買えない状況で、
俺の口内と喉はカラカラに干上がって、
喉がどんどん狭まる感じに襲われ息ができなくなっていった。
鼓動が加速的に速くなっていき、
「これは本当に、“来てしまう”」と、あぶら汗をだらだらとかいた。
(片言の日本語で切れ間なく喋り続ける添乗員さんの話をさえぎって、
 添乗員さんのハンドバックからのぞいていた飲みかけのハチミツ入り紅茶をもらい、
 喉を潤し何とか乗り切った。それは驚くほど濃厚に甘かったが(笑)。)

シンガポールではあと、
シティから夜帰る時、
タクシー乗り場でヒヤヒヤものの出来事もあった。
1時間以上もタクシー待ちの列に並んだのに、
やっと自分の番が来たと思ったら、
「最後尾から並び直せ!」という信じられない状況に陥り、
そこをしきる係員のような人にそれはもう必死で、自分の正当性を訴え続けた。
またこの人混みに埋もれて1時間以上も並ばされたらPD的に怖いと思った。
その時、もう日付も替わろうとしていて、心身共にエネルギー残りわずかだった。
身振り手振りと、数個の英単語・・特に、
「Next ・・Me !!」
の連呼(苦笑)。
冷静だったらもう少しはマシな言葉も浮かんできたかもしれないけど、
その時、俺はものすごく追い詰められていた(笑)。
(結果、粘り勝って無事タクシーに乗れた。)


最近では、
今までの俺ではあり得なかったシチュエーションとしては、
イオンの本社に商談に行った(ただの、おまけ的な付き添いだけど)。
高層ビルの高層階、
フリーターの俺にはまるで縁のない、
ドラマでしか見たことのないような“THE・オフィス”・・の奥にある会議室。
そこで繰り広げられる大人なやり取り・・・。

今月末、テレビ番組の制作会社のスタジオにも行くかもしれない。


あ、夏の終わり頃、国内を旅していた時に、
長野県の安曇野で腹を激しく下した時(原因不明)も、あぶら汗だらだらで祈ったなぁ(笑)。
おかげで、あそこの道の駅のトイレが思い出の場所になってしまった(笑)。











とにかく。


いろいろな場所や状況があった。



それは、これまでの俺の人生からすれば、
「変化」の量やスピードがあった。


PDになって以来、
そういう類の「変化」は不安や恐怖の対象だった。
ずっと、ずっと。






今思うと、それは、
そういう「変化」に自分が振り回されていたから、
だと思う。

突風によってなすがままに空を舞うしかないビニール袋のように、
あっちへびゅーん、
向こうへぶわーっと、
場所や状況の「変化」という突風に、『自分のほうが』、振り回されていたから。
俺はずっと、ずっと、ずーっと。


眠るの、怖い。
そろそろ働かなきゃ・・、怖い。
人と話すの、怖い。
朝礼、怖い。
仕事終わりに誘われた外食、怖い。
息があがるの怖い。
二塁ランナーでいるのが怖い。
会議室、怖い。
上司の車に同乗、怖い。
知らない町で一人ぼっち、怖い。
新幹線・飛行機、怖い。
歯医者・美容院、怖い。
いつもと違うの、全部、怖い・・・・・。






最近、つかみ始めた気がするのは、
『自分がどっしりと中心にいる』感覚。

北極星のように。
自分が軸で、
自分の場所はいつも変わりなく、
周りが回っているような。

自分はずっと舞台の同じ位置に立っていて、
後ろのセットが、
昼の場面、夜の場面、城内の場面、戦いの場面・・
大道具さんが必死にセットチェンジしているような。

自分はどこにいても、どんな状況でも、
その存在は変わらない。
自分は同じに在る。
そんな感覚。


シンガポールにいても、
近所のよく行くコンビニにいてもいっしょ。
自分が真ん中に在る。
目に見えている景色や状況が変わるだけ。

そう少しだけ、何となく、
夜のシティを一人歩きながらふと感じ始めた時から、
シンガポールの街を歩くことを心から楽しめるようになった。

今までは“自ら”、
その状況が特別であることや、差異を、無意識に誇張して意識していた。
例えば「数時間、機内から逃げることができない」というような諸々の状況を。
でもそれは、例えば、目が見えないとか、
“その状況に気付かなかった”としたら、同じように怖いと感じるだろうか。

自分がつくり出しているだけで、
本当は、本質は、いつも同じままなんじゃないだろうか・・・?




周りの変化に振り回されないためには、
自分が中心に強く立って、
自分が揺らがない軸になればいい。
自分はいつも同じ場所に在る。










・・・これは、もちろん『理想論』だ。









ただ、新幹線や飛行機などの乗り物と、
都会や、人混みに、少し慣れた。











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category: ◆パニック障害体験記・2

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